馬と付き合う4つのキーワード調・教・褒・尊
人が馬を活かす。馬も人を生かす・・・
お客様に安心して乗馬をお楽しみいただく為に乗用馬は、
安全・安心・ハイクオリティな馬である必要があります。
そのために、馬は調教されて
"人と付き合うための躾"
"人と共に生きて行くルール"
"人の指示に従うこと" ・・・・・を学習します。
大事なことは、人が馬を活かし、馬もまた人を生かすという認識です。
だから、乗馬を楽しむなら、誰もが少しでも“馬を知る”ことが必要だと考えます。
世界中で独自の乗馬文化が存在しますが、そこには「馬の調教」が不可欠です。
なぜなら、野生から切り離されて人間と付き合うからです。
過去には野生動物であった馬と人間は、その歴史から考えても密接な関係性を
永く築いてきました。
欧州貴族のスポーツ・戦争のための道具・荷役・農耕・移動手段・・・など、様々な
馬の歴史がありますが、私たちは現在、馬に乗って楽しむことを一つの文化とし
て、またはスポーツとして楽しんでいます。
馬は人を乗せるために様々な学習をする必要がありますが、その過程において大
事なキーワードがあるとグリーンバレーは考えています。
それは、
調、教、褒、尊という4つのキーワードです。
調 ・・・馬という動物を様々な視野から調べる
教 ・・・教え、学ぶ
褒 ・・・馬を褒める
尊 ・・・馬を尊敬する

調 ってなに?
例えば、人と人が付き合うには相手を良く知る必要があります。
男女が付き合うためには尚更、相手の性格や考え方、趣味・趣向まで幅広く
相手の人格を知り、認識し、そこで初めて“付き合う”という行動に移ります。
馬も例外ではありません。
その背に乗り馬に身を任せるのですから、尚更相手を知る必要があります。
馬を調べる際は、【観察・洞察・推察】などの方法がありますが、簡潔に言えば
【 多方面から馬を見て、触れて、乗って、馬という動物を“知り”、“理解する” 】
ということです。
馬を調べる際の極意は、【馬の身になってみる】こと。
馬の目になり、馬の耳になり、馬の肌になり代わってみることで、より馬に近づく
ことができるでしょう。
馬の初期調教のひとつに、【タッチブレイキング】という方法があります。
これは人の掌で馬に触れることで、人の手は
“あなたに危害を加えない優しい手だよ”
人が馬に話しかけることで、
“人の声は優しく、安心できる”
ということを馬に知らせることで、最終的には馬の身体のどの部位を触っても、
例え大声を出しても馬が微動だにしないようになることが目的です。
特に仔馬の場合は人間が母馬代わりになってあげる意味でもあり、
【愛撫する・触れる・遊ぶ・呼ぶ(話しかける)・食べる(飲む)】
ということを手助けし、実際に行うことが必要です。
人と馬が触れ合うのに、馬がビクつく様では乗る人が安心できないし、とても危険です。
お客様への禁止事項を極力減らすためにもタッチブレイキングは大事な調教です。
「触診」「聴診」などという言葉がありますが、観察することと同様に、
【触って調べる】【声をかけて調べる】ことも大事なことと言えるでしょう。
馬の【不安】や【寂しさ】を取り除き、【甘え、頼れる】のが人間だということを
知ってもらうためのひとつの方法です。

教 の意味とは?
【教えること】
【教えられること】
これは、人と馬がお互いにコミュニケーションするためには必要なことです。
決して人だけが馬に教えるのではなく、人もまた馬から教えられるからです。
【教えられる】(習う)=受動的・受身的
【学ぶ】=自発的・能動的・求める・探す・調べる
【学習する】という行動ひとつでも、“習う“と”学ぶ“とでは根本的に異なります。
調教という言葉は、“強制的に仕込み・教える”というイメージが強いのですが、
強制的・受動的な行動は時には反抗を招き、相対的に学習効果も期待できな
い傾向にあるようです。
しかし、【学ぶ】ことは辛抱が伴うこともありますが、自ら求める行為なので
学習効果は期待できます。
では馬が【学ぶ】ためには、何が必要でしょうか。
それは、
【馬が興味をもつこと】
【馬が楽しいと感じること】
【馬が期待をもつこと】
そして、
【馬が学べる様々なシチュエーションを用意すること】
ではないでしょうか。
人が教え、馬が教えられる・・・のではなく、馬が学び易いシチュエーションを
人が整え、馬がその中で自ら学ぶ・・・ということが人間の役割だと思います。
褒 とは?
【叱ること】【褒めること】
は、馬が学習する段階で必要な手段ですが、3歳までの仔馬は叱られる意味が
あまり理解できないようです。
なぜなら、何がダメで何が良いのかの判断力がないからです。
つまり、間違っていること(正しくないこと)を理解するには、
【正解】(正しいこと=褒められること)
を知っている(学習している)ことが前提条件だからです。
学習し、理解した段階で初めて【叱られる】ことの意味がわかるのです。
これは、人間とまったく同じ教育方法のひとつだと思います。
【叱ること】は、コミュニケーション手段の大事なひとつです。
正したい、直したい、良くしたい・・という相手を想う能動的な気持ちの表れだからです。
言葉による会話ができない馬は、人が叱り・褒める・・という行為を繰り返しながら、
最終的には【褒められる】方向性に向かっていきます。
馬も褒められる方が気持ち良く、楽になるからです。
尊 の意味は?
多くの人は、馬に憧れを持っています。人に無いものを多く持っているからです。風になびくたてがみ、光沢のある柔らかい体毛、しなやかで躍動的な体躯、細く
長い四肢、小宇宙のように輝く大きな瞳・・・・・
憧れる要素はたくさんあります。
そして馬は本来、野生動物です。
人間より早く駆け、嗅覚・聴覚に優れ、その視野は350度だと言われています。
さらに馬は人間を喜ばせ、楽しませてくれるばかりではなく、人に対するセラピー
効果もある動物です。
人間より運動能力に優れ、五感が鋭く、医師でもできない人の心のケア(治癒)が
できる馬は、充分過ぎるほど【尊敬】するに値する動物です。
そんな馬という動物に乗って馬のリズムに身を任せ、風を切る爽快感は他の何物に
も代えられません。
そのように考えると、馬は大事にされ、愛され、尊敬されるべき動物だと
言えるのではないでしょうか。
馬と接する時は、いついかなる時もそのような気持ちが必要であり、叱るときでさえ、
愛の鞭を行使することが大事だと思います。
生まれつきのダメ馬は一頭たりとも存在しません。
それはまた人間と同じはずです。
・・・・・・・以上、
【調・教・褒・尊】というキーワードを踏まえて馬に接することができれば、
きっと人間自身に素敵なサプライズをもたらしてくれることになるでしょう。